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12月11日  Rストーンズと言えば 30年前・・・。
 初来日の時、友人、知人、兄弟、集まって、東京ドームに行きました。その中に赤ちゃんを抱いている人が居ました。生まれて数ヵ月だろう。

 ストーンズが出て来た。大歓声。その中でその子はすやすやと眠っていた。よほど心地が良かったのだろう。最後まで泣かなかったと記憶している。

 面白い子!ストーンズを子守唄にしている。

 先日の先輩のお別れ会で、ストーンズを見に行った話になった。私はあの子がずっと気になっていた。「どんな子になっているんだろう?。」参列者から「あの子ですよ。」と言われた。30歳になるらしい。学生の頃は音楽部だったそうだ。傍に行き「君はスートンズの生演奏中にスヤスヤ眠っていたんだよ。」と言いました。そんな乳児は世界中にも滅多にいないと思います。
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12月10日  別れの Jumpin Jack Flash 
 お世話になった先輩が亡くなり、お別れに行きました。葬儀にお坊さんの姿は無く、お経も無かった。初めに黙とうをし、先輩が好きだった曲が流れました。綺麗な女の人の声でした。それをじっと皆で聞きました。その後お焼香。少しして、お棺に花を入れ、お酒、たばこ、おつまみも入れ、お別れをしました。

 後で気が付いたのですが、位牌には「俗名」と書かれ名前が書いてありました。。お経も無く、戒名も無いお葬式でしたが、とても居心地のいいお別れの会で、Sさんらしい会でした。

 後で「あの曲は?。」と言う話になりましたが、皆知りませんでした。50年来の友人が「Rストーンズでも良かったのかな?。」音楽が好きでした。フルートを教えてもらいました。Rストーンズも一緒に見に行きました。

 帰った後、Sさんを思い出しながら夜が更けるまで、Rストーンズを聞きました。

 
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12月09日  12月なのに・・・。
 今日は午後から二人で藁片づけをしました。上の藁は乾いていますが、2段目からはびっしょり、格好重いです。おみずは、それを一輪車に「大盛」に乗せ、畦に掛けたブリッジを上がって行く。私は虚弱体質なので、「普通盛」で行きます。

 汗が出ます。どんどん薄着になります。最後は腕まくりをしました。

 ある時腕が「ちくっと」しました。見るとうっすらと血が出ている。蚊だ!!

 12月もとうに過ぎている。こんな時期に蚊に刺されるなんて初めてです。多分暖かさと、湿気があって、蚊は生きていけたのだろう。このまま温暖化が進むと、冬はストーブを焚かないで、蚊取り線香を焚く事になるのか?

 
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12月08日  台風の後始末 第2章へ突入
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 此処も何層にもなっています。気持ちがめげますが、このままにして置くわけには行きません。少しづつやります。

 「避難所日記」長くなってすみません。最後まで読んで頂いてありがとうございます。こぼれ話を年内に短く書きます。
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12月06日  鶴首カボチャ
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 今年は沢山採れました。

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 30個以上あるでしょうか。今年のは数は多いですが、小ぶりです。

 スープ、ソテーなどが合います。中には「味噌汁が美味しい。」と言う人もいます。手間もかからず、肥料も要らず、無農薬でも上手く出来ます。一つ困ったことが・・・・。勢力が旺盛なので、どんどん広がって行き、よその家まで行きます。 
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12月04日  伊豆も寒い
 伊豆も寒くなりました。でも、トンボはまだ飛んでいますが。

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 河津で見つけた花。桜だと思いますが、河津桜より早いですね。
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12月02日  避難所日記
 10月12日(土)は静かな朝だった。 おみずは朝から避難の準備。私は朝ご飯を食べ、食休み。テーブルの前のおみずは、レインコートを着て、リュックを背負い、手には寝袋を持っている。避難所に行き気満々。私「お昼ご飯どうする?。」おみず「おにぎり持った。」「俺もおにぎり持って行きたいな。少し多めに。」ご飯を炊くことにした。その間おみずは、選別。

 11時前、寝袋、パソコン、アルファ米、水、コーヒー、お茶、箸、コップ、どんぶり、新聞紙、本、ティッシュペーパー、クラッカー、おせんべいなどを持って「避難所へ出発。」

 避難所は、町の中心部のホールが一番大きいが、海が近くて行く気になれない。高い所、三聖園の下の幼稚園に向かった。車で3分位。幼稚園に着いた。「あれ?。」門が閉まっている。「どういうことだ?」此処で2年前「風船ショー」をしている、此処のはずだ。Uターンしてゆっくり走ったら、手前の小学校に車が数台止めてあった。車を止め、小さな建屋に向かったら「避難所」と書いてあった。「良かった!着いた!。」町職員は4名。名前を書き、中に入った。ピアノが一段高い所にある40畳ほどの部屋で、12~13人ほどの人が居た。最高齢は96歳。最年少は受験生。真ん中あたりが空いていたので、そこに二人で寝袋を敷いた。

 テレビがあった。地デジのテレビを「初期設定」にする事から始める。地域を選ぶが前に行かない。アンテナとつながっていない事に気づく。アンテナを探したが、結局映らなかった。準部不足である。

 「テレビからの情報はなくなった。」

 昼食になった。出来上がった、アルファ米、アルミの袋に入ったラーメンのどちらか。私達はおにぎりがあるので、貰わなかった。少しして、男の子とお父さんが入って来た。

 暫くして「河川が増水しています、2階のある中川小学校に移動してください。」と言われた。96歳のおばあさんは、階段が上がれない。町職員、付き添いの人(近所の人)と松崎荘に移った。雨風が激しい中、屋根伝いにつながっている、小学校に入った。配られた、毛布、ブルーシート、手荷物を持って階段を上がるのは、年配者には大変。

 入ったのは、音楽室。窓が一杯あって明るい。楽器庫が隅にあったら、女の人用に空けた。おみずと先程隣だった40代の男の人と廻りの様子を見回った。ベランダの排水溝が詰まっているので取った。高齢者にイスを配った。隣に工作室があったので、はさみ、紐、筆記用具を持ちだした。音楽室の外に濡れたものを掛けるロープを張った。おみずは職員とガラスに養生テープを張っている。

 若い夫婦と小さな子が入って来た。楽器庫の方を勧めた。これで子供は3人廊下で遊んでいる。受験生らしき少年が理科室で一人勉強している。

 部屋の中が湿気てきた。若いお父さんが上の小さな窓を少し開けた。養生テープは湿気で張れなくなった。

 町職員が扇風機を沢山持って来た、これで快適。ラジオも入った。ひと段落。年配者が気を使い、水とパン缶を持って来てくれた。乾パンよりは食べやすい。

 雨風が強くなってきた。田んぼの師匠に連絡し外の状況を聞いた。ウチの田んぼの旧道側は水が溜まり通行は危険と言われた。ウチの近くの人にも電話をした。「今の所、県道までは通行できる。」

 家庭科室に食料と、水、温泉水、栄養ドリンク、ポットなどがあった。最後に来た若いお母さんが「中では見えないので廊下に出しませんか?。」「良いじゃないですか。」山積になっていた物が、テーブルの上に綺麗に並べられた。避難してもこう言うのは、心が安らぐ。

 私達もアルミ袋に入ったラーメンを食べた。カップ麺と違って深いので最後まで冷めない、優れもの。

 台風が近づいて来た。木が大きく揺れるのが見える。雨、風の音はほとんど聞こえないので、余り怖くはない。しかし、台風は間違いなく伊豆半島に向かってきている。先程の若いお母さんに台風の進路を調べて貰った。直撃。

 停電になった。真っ暗。町職員が下で動いている。少しして投光器を3台持って来た。大きな投光器で音楽室が明るくなり、廊下、トイレも明るくなった。扇風機も周り、安心。外を見ると町は真っ暗。皆来ればいいのにと思った。

 夕方6時過ぎ、下田を通過したらしい。風の吹き方が変わった。7時過ぎ半数の人が帰って行った。毛布を畳見片付け、挨拶をして別れた。私は帰る事を望んだがおみずは「道路に水が溜まっているかもしれないし、倒木がったらどうするの。暗くて見えないよ。」と言われた。その通りである。皆危険と隣り合わせで帰って行ったのだった。

 9時前になると、雨風が弱まった。皆眠れない様だ。それは仕方がない。小さな話し声が夜じゅう聞こえた。まあ、勝手知ったる教室。何処でも逃げ場はあるの。

 実は私も眠れなかった。家庭科室に行っては、外を眺めた。車が通って行く。那賀川の氾濫は無かったようだ。空を見ると星が沢山見える。綺麗!夜が明けた。皆起きて来て三々五々帰って行った。

 私達も家路に。帰り道の風景は台風前と変わらずでした。家に着いた。土砂崩れ、倒木、浸水、窓カラス破損無し。

 無事だった~。疲れましたが、いい経験としよう。

 
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12月01日  今年もあとひと月
 最近の仕事は台風の後始末。

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 排水路が溢れ、脱穀した藁が隅に打ち上げられています。

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 この他に、道路を挟んだ田んぼでも同じになっています。

 この藁束を、上の元あった所に戻します。それはそれは長い道のりをです。山になっていた藁束の上だけは少し乾いています。その下からは水を含んでずっしりと重い。これが3束4束と層になっています。まあ粗びっしょりの状態です。

 打ち上げられた藁運び。今年中に終わるかな?

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11月28日  伊豆は雨ばかり
 この数日雨ばかり。毎日選別しています。

 さて、先日「醤油差しを探して」を書きましたが。実はもう一つ頼まれたものがありました。

 それは「急須」これも簡単!と思いましたが、大きなスーパーマーケット、ディスカウントショップなどには選ぶほどの種類はありませんでした。ニトリに至っては、ガラスのティーポットしか置いてありませんでした。

 何故だろう?と思いました。昭和生まれの私にとっては急須は、1軒に3個以上あったと記憶しています。大きいのから小さいの、ほうじ茶専用の物とか。今は何故ないのかなと考えると、お茶はペットボトルが主流なのでしょう。テレビで見る、会議の様子や記者会見などで映るのは「湯呑」ではなくペットボトルのお茶。あ~これのせいだ。これなら急須いらないですから。このままいくと急須無くなる時代が来るのかな?
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11月26日  シンデレラは王子様と結婚できただろうか?
 先日テレビで、イギリス王室の結婚式の予算について報じていた。それによると、イギリスでは新婦側の、家族親族が費用負担するのだそうだ。その額が3億以上。同じく王国のモナコに嫁いだ、グレースケリーは7億円の持参金だったそうだ。王室に嫁ぐと莫大なお金が掛かるのだ。

 するとおみずが「これじゃあ、ホントはシンデレラは王子様と結婚できなかったね。」
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