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09月05日  15周年
 から、2日過ぎました。記事を書こうとおみずに聞いたら「9月3だよ!」「・・・・・・。」

 松崎に来たのが私が49歳、おみずが35歳でした。「お米を作って暮らして行きたい。」という「当たり前」の思いがありました。千葉では「米の専業農家では食べていけない。やめたほうが良い。」と10数年言われ続けました。他の候補地を探す中、縁あってこの地にきました。不安はありませんでした。暮らしていけなかったら、都会に戻るつもりでした。米農家で暮らし行くのは私達の夢でした。不安より「食べて行けるようにやってみる事。」を模索しました。

 あれから15年、何とかこの地で暮らしています。収入は都会で暮らしている時の5分の1になりました。赤貧です。が、ガウディ荘と崩れ荘、と言う2軒の家を持つ事が出来ました。300坪の山も持っています。こう書くと、なんだかリッチに聞こえますが、今住んでいる、ガウディ荘には、まだ壁がなく、崩れ荘は床が抜けそうです。山は急斜面で、獣の通り道でしかありません。それもこれも私たちらしくて、楽しんでいます。最近、毎日食事は、キュウリ、ナス、ピーマン、オクラ、モロヘイヤですが、おなか一杯に食べることが出来ます。世界中で、日本で食べる物が満足に得られない人がいる中で、贅沢なくらいです。天井の板が欲しいですが、雨風しのげるからまあいいか。

 そう思えるのはおみずがいるからです。おみずは何にでも前向きです。おみずと居ると楽しいです。おみずには、もっと良い人生があっただろうに😢。いつも泥だらけで、真っ黒にならなてもいい暮らしが😢。せめて寝るときには断熱材でない天井板を見せてあげたい、と思って居ます。

 最後になりましたが、私達がここで暮らしているのは、私達のお米を買って下さる皆様、様々な形で応援してくれた皆様のおかげです。皆様の励ましに依って、今私達はここに居ます。感謝で一杯です。

 長くなりました。最後まで読んで頂きましてありがとう。

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 15年前の私達です。私の着ているTシャツの絵はおみずが書きました。ロウケツ染です。家の壁が出来たらそこに絵を描くそうです。
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